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家虎などの害悪オタクコールがなぜ害悪なのか真面目に考えてみた

持論・体験

このページに飛んできた方のほとんどは”家虎”という概念について知っている方だとは思います。

 

ご存知ない方のために説明すると、ライブなどでの掛け声の一種です。

ですが、掛け声と聞いて一般に想像されうる掛け声とは大きく違います。

動画を見たほうが早いと思うので家虎をご存じない方は動画を御覧ください。

 

初見の方は本当に意味がわからないと思います笑

悠

私も理解が追いつかなかった。

 

冒頭では農林業!水産業!となにやら叫んでいますが、上動画の34秒あたりに飛んで頂くとイエッタイガー!と叫んでいます。

イエッ→家 タイガー虎 で家虎というわけです。

このようなコールはいくつもパターンがありますので気になる方は調べてみてください。

 

今では、この家虎を含む過激なコールを禁止するライブが存在するまでになっていますが、わざわざ禁止しなきゃいけないということはそれだけ害悪コールをするファン達が増えているということでもあります。

 

悠

「家虎根絶」を掲げる団体まででてきましたね。

 

想像に難くないことですが、家虎肯定派vs家虎否定派はライブで家虎が見られるたびに(ライブがなくてもしばしば)Twitterなどで争っています。

 

以前私は、家虎等の害悪コールをライブでしている友人とこの件について話したことがあり、なぜこれら害悪コールがここまで目の敵にされるか真剣に考えました。

ここに考えをまとめましたので家虎肯定派にも家虎否定派にも是非お読みいただきたいです。

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ライブに行く目的

まず最初に思ったのがあんなに一生懸命に叫んでいたら、歌とか聞こえないだろうというもの。

 

当たり前のことを言いますがライブに来ている人は、ライブで演奏される曲を聴きに行くのが主な目的です。

 

勿論、家虎勢もその目的はあるでしょうが、優先度が違います。

彼らは曲を聴くことより自分自身が楽しむことを大きく優先しています

 

”曲を聴いて楽しい”より、”家虎を披露する「場」が楽しい”を優先させているということです。

これでは叫んでる本人たちは楽しいでしょうが、曲を真剣に聞きに来ている人からしたらかなり迷惑なものとなるのは当然のことです。

 

しかし自分でこの説明を自分でしておいてはなんですが、これだと他のコール類(手拍子・FuFu~・ハイハイハイッといったもの)が許されている理由は説明できません。

悠

友人にもそこは反論されました。

ということで別の要因も考えました。

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濁音の存在

手拍子や他のコールと大きく違うのが音の濁りです。

害悪コール類は単純に音が汚い。

これは完全主観の話ではなく日本人的感覚だと思います。

 

清音との相対評価において、濁音よりかは清音のほうが綺麗だと感じることは世界共通ではないでしょうが、少なくとも日本人の多くはこの感覚を持っているはずです。

 

オノマトペだとそれは明確で、例えば”さくさく”と”ざくざく”、”プリプリ”と”ブリブリ”など明確に感じ方が違うでしょう。

この感覚は昔からあったのではないかと思います。

 

私は”きよらなり”と”きよげなり”が真っ先に思いつきました。

どちらも美しいという意味を持つ古文単語ですが、美しさの度合いだと”きよらなり”>”きよげなり”です。

 

これも濁音がないほうがより良いという感覚の表れなのではないかと思います。

 

悠

私は言語の勉強を全くしていない人間なので、この例と濁音に関係がないなら是非教えて下さい。訂正します。

害悪コールでは、コールの言葉そのものの多くに濁音が入っているわけではありません。

しかし、コールを聞いている限り、喉を精一杯使ったガラガラ声のような印象を与える、濁音的な音(しかもその音が大きい)で叫んでいます。

 

少なくともオペラ歌手やフルートの音色などの透き通って美しい音という印象は与えないはずです。

これが不快度を上げる要因の1つだと思います。

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意味を持つ単語

濁音の話よりもこちらの方が主な要因だと考えます。

害悪コールはほとんど全てが意味を持つ単語です。

 

ライブの観客が一番注目したいのは当然ながらステージ上の歌い手、そして曲です。

曲を傾聴したいのに、そこに横から意味のある音声が飛び込んできたら嫌でも脳は反応してしまうはずです。

 

例えば、なにかの作業に集中したいとき、日本語のラジオが流れている場合と自分の理解できない言語のラジオが流れている場合では、集中が遮断される可能性は前者の方が高いはずです。

 

後者であれば脳はノイズの一種として処理するでしょう。

 

曲に関係ない、かつ意味を持つ単語が大音声で流れてきたら流石に多くの人は不快に思うでしょう。

楽器の演奏単体でなく、歌ならなおさらです。

意味を持つ単語を意味を持つ歌(歌詞)に被せているのです。意識するなという方が無理です。

 

ピアノの演奏を聴きに来たと思ったら、ピアノの後ろでヘヴィメタルが流れてるくらいの落差です。

 

対して、手拍子・FuFu~・ハイハイハイッなどのコール類はそれ自体に意味はない音なのです。

 

害悪コール勢の「曲中ではなく間奏中のコールだったらいいのでは?」という反論に対してもこれで説明がつくと思います。

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害悪コールに肯定?否定?

私が気になったのは、FuFu~などの現在一般的に認められているコールが最初はどういうふうに受け止められていたのかということ。

完全憶測ですが、これも肯定派と否定派がいたと思うんですよね。

 

「歌だけ聞きたいんだから観客は黙ってろ!」という人はいそう。

でも今はある程度認められている。

 

仮に観客の半分(四割でもいいかもしれない)が、現在害悪コールと呼ばれるコールをした場合、反対派の人間は諦めしかなくなるでしょうし運営も黙認すると思います。

 

結局少数派だから弾圧されているというのも一理あるのかななんて。

 

とりあえず、ライブ(主にアイドル系)に行く人は害悪コールのような、想像の範囲外のコールが存在することを頭に入れていきましょう。

ライブに行っていきなりあんなのに遭遇したら面食らいますからね。

 

ちなみに私は肯定派か否定派かというと、”どちらかといえば否定であるもののそういう人がいてもしょうがない派”です。

最初のほうで少し触れた通り、結局この問題は自分を他者よりどれだけ優先させるかといった個人の優先度の問題に帰着されると思います。

 

私はかなり自分を優先させます。

私は家虎などの害悪コールを面白い・楽しいとは全く思わないので、ライブなどに行ったとしてもそのコールはしないです。

 

しかし、もし仮に私がそれらのコールを面白いと感じていた場合、ライブ会場でそれらを実行していたのでは?と問われればその可能性ははっきりとは否定できません。

結局個人の価値観しだい。家虎に限ったことではありませんね。

 

最後になりますが肯定派の皆様は是非ともコールの布教を頑張ってください。

非常に厳しい布教活動とはなるでしょうが成功すれば異端扱いはされませんからね。

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