高校入試の内申点制度は本当に気持ち悪いから即刻廃止すべし

教育全般

内申点というのはご存知でしょうか?

あの通知表に書かれている3とか4とかの数字による評価のことです。

悠

1~5段階評価のやつ

簡単に言うと自分の学校での成績ですね。

 

全ての高校の入試にあてはまるわけではありませんが、少なくとも公立高校の入試を受ける場合、内申点というの確実に入試の合否に関わってくるものです。

 

私はこの内申点制度というものは本当に気持ち悪い制度だと心から思っています。

 

私の進学した高校の入試では(恐らくですが)内申点はほとんど関係なかったので私自身は実害を受けていません。

ですから、後になって内申点制度というものを詳しく知ったのですがこのシステムひどすぎますね…

 

なぜこんな制度が未だに残っているか謎でしょうがない。

今回は私が思う、内申点制度の”気持ち悪さ”を書いていこうと思います。

スポンサーリンク

内申点制度の影響

合否への影響度

県にも高校にもよるのでしょうが基本的に公立高校入試は本番の入試の点数と内申点、そしてその他面接などの合計点で決まります。

 

内申点というものを知る機会があったのですが、内申点は私が思っているよりもはるかに入試に影響するものでした。

私はてっきり入試に影響する点数のうち10%くらいを占めるのかなと思っていました。

 

しかしながら現実は全く異なっており、なんと内申点が合否に関わる点数の半分近くを占める高校は珍しくないのです。

 

あまりにも内申が悪いと本番で満点近くとっても不合格というのが余裕でありえます。

内申制度というものに縁が無かった私にとってこれは本当に驚くべきことでした。

巻き返しのきかない場合がある

一口に内申点といってもそれは中学1年から中学3年までつけられるわけですが、県によっては中1から中3までの内申点が入試の成績に含まれる場合があります

 

これだと中学3年になってから急に勉強を頑張ろうと思った生徒が報われません。

「そんなの中1からやってないのが悪いじゃん」と思った方はそれはあなたが内申点制度の存在を前提に思考してるからです。

 

過去の成績をなぜ今の実力に加味するのか意味がわからない。

 

大学入試(少なくとも一般入試において)では当然ながら内申点制度なんて恐ろしいものはまず存在しません。

入試本番の学力試験で点数の高いやつから順に受かる。単純明快です。

 

極端なことを言えば大学入試なら試験日の1年前、1ヶ月前の成績なんて全く関係ありません。

本番に間に合えさえすればよいのです。

悠

だから逆転合格というものが起きる

 

しかし公立入試ではその逆転合格が厳しい場合がでてきます。

せっかく中学3年生になって、将来のために勉強しようと思って努力して、かつ学力検査が良くても過去の学校での成績が悪いせいで可能性が潰されるのです。

 

そしてこの”学校での成績”というのがまた1つの問題となります。

スポンサーリンク

基準が一律ではない

内申点というのは教科ごとにつけられます。

その教科を担当している先生が一人一人の生徒を評価していくのです。

 

この時点で入試における基準が一律ではないです。

ある高校を受験するとして、その高校の志望者というのはいろいろな中学校からやってくるわけです。

 

内申点はそれぞれの中学校でそれぞれの教科担任の先生個人に大きくよるもの。

それぞれの先生による異なる基準でつけられた1点という点数が、入試では同じ1点という単位としてならされます。

 

これはかなり不公平です。

ある中学校である教科の成績が3だった人が、別の中学校だと4になるということが絶対にありえるということです。

 

こんな一律でない基準が認められていることに私は驚きます。

そんなんだったら大学入試のように学力検査だけで決めればいいと思います。

 

とこのようなことを言うと、「勉強の点数だけが全てでは無いだろ!」「その子の生活態度なども大事だ!」などと思う方もいると思います。

私もそれには反対しません。

 

ですが学校の教師が生徒一人一人の生活面・態度面を正当に、一律に評価できるか?ということが私には疑問なのです。

スポンサーリンク

先生に気に入られることを全力で頑張る

生活態度などという曖昧なものを一律に評価すること自体が難しいです。

ですが仮にそれが可能になったとしましょう。

 

しかし、それでもその評価はあくまでも学校における生活態度ですよね?

極端な例ですが、学校でいい子ちゃんしていれば学校外で万引窃盗など繰り返しててもそれがバレなければ入試には全く影響ありません。

 

かといって勿論先生が生徒一人一人の校外での行動を観察するのなんて無理な話です。

 

ようは学校でどれだけ先生のお気に入りになるかの勝負なのです。

どれだけ優秀でも学校の先生に嫌われたら内申点は悪いものになります。

悠

この評価に意味ありますかね…

 

学校には必ず何人かは、先生の前ではめっちゃいい子でそれ以外では全然性格が違う人っていますよね笑

本当に気持ち悪かったですがあれも結局内申点制度が生み出したモンスター。

 

余談ですが、ネットで内申点のこととか調べてたら”中学校の先生から気に入られたい方へ”というページなんかも存在していました。

中学校の先生から気に入られる方法について紹介しています。

悠

正気か…?

気持ち悪すぎます(直球)。

スポンサーリンク

教師という存在それ自体の問題

幼稚な教師

学校の教師をされている方々は私なんかよりも人生経験が豊富で、年齢も上です。

 

しかし、小中高と教師と接してきて思ったことをあえて率直に言わせていただくと、教師には幼稚な人間が多すぎた。

 

小学生の頃から多くの教師に対して「これが大人なのか…?」と思っていました。

それでも当時の私は「自分が大人になったら先生が正しかったと気づくのかな」と自分に言い聞かせていた。

 

しかし、あれから十年以上たってもやはり考えは変わりません(私がずっと幼稚なままというのも可能性もありうるわけだが)。

 

ルールの存在説明を求めても「ルールだから」と返してくる思考停止マン。

自分の授業がつまらないことを棚に上げて「授業を聞かないと成績落とすぞ」と成績をたてにおどしてくる教師。

 

生徒が優等生であったとしても、自分の言うことを聞かない子は全員”その教師にとって”の劣等生となります。

そして入試ではその劣等生という理不尽な烙印を背負って戦わなければならないのです。

 

生徒が自分のお気に入りじゃないからって客観的判断に努めずに「しめしめ腹がたったから内申点下げてやるぞ~ざまぁみろ」という教師の幼稚さ…

悠

むしろ可愛く見えてくる…(生徒からしたら溜まったものではない)

 

私自身、教師の主観に大きく左右される成績なんてどうでもいいと思っていた(親もそう思っていたみたい)ので、自分の中学校の成績は全然覚えていません。

 

でも入試に内申が直結する人にとっては無視したくてもできません。

制度それ自体が変わらないとどうしようもできないのが悲しすぎる。

理不尽な評価を受けた友人の話

具体例として私のある友人の話を少し。

彼は高校時代の同級生なのですが非常に優秀でした。

中学のときも勉強がかなりできる方で県でもトップ層の成績だったそうです。

 

彼は数学に長けていて、中学時代も数学オリンピックにチャレンジしたりするほど数学に意欲的でした。

しかし、その友人は成績の”数学への興味関心”の欄の評価が最低評価だったことがあるというのです。

 

彼は数学の先生の授業には関心をもてなかったと言っていました。

(彼の性格を考えてみても)数学のことで色々意見を言ったりしていたのかもしれません。

実際その先生からは嫌われていたと言っていました。

 

「本人が悪いだけ」と思う方もいるかもしれませんが、果たしてそうでしょうか?

彼からしたら”数学”がつまらなかったのではなく、”その先生の授業”がつまらなかったのです。

 

それで”数学への興味関心”が最低評価というのは明らかにおかしい。

そんな理不尽な点数をつけられる人達のことを考えると胸が痛みます。

スポンサーリンク

早く内申制度を廃止しなさい

百歩譲って、学力以外の性格・態度を知るという目的のために面接を入試の点数に含めるのは分かります。

 

なぜなら志望者は皆、志望高校の面接官の主観という1つの評価で点数を決められるから。

 

ですが面接にも問題はあります。

たかが数分の面接で人間の性格を本質まで見抜ける面接官がどれほどいるかということ。

あとは志望者の顔面偏差値によって面接の点数が左右されてしまうということ(実際にそういう実験結果はあります)とか。

 

でも高校の内申点はそれよりも理不尽さを極めてる。

この制度がいつまでも無くならないのは恐ろしいです。

 

こう考えると大学入試って本当に良かったです。

学校の先生に嫌われても関係ないし面接もなかった。

 

高校入試の内申点制度、この恐ろしい制度で中学生が苦しめられる現実は放置され続けているのです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました