常識がない=頭が悪い? 常識がない人をどうしてバカにできるのか

教育全般

私はどうやら常識が乏しいらしいです。

例えば、上記事でも書きましたが私は小中学校(とくに中学)は勉強を全然せず、進学した高校も入試に理社の必要ない高校でしたので、小中の理社についての知識がほぼ無かったです。

 

 

悠

中学社会については高校や大学で知識はつけましたが、中学理科については今でも全然知りません。

 

まぁ学校の勉強だけならまだいいかもしれません。

 

 

それよりも周りとの乖離を1番感じたのが、芸能界・エンタメの分野。

 

「〇〇ちゃん(芸能人)が結婚したらしいよ!!」

と話題を振られても「いやそもそも〇〇って誰だよ…」って感じでしたし、流行りの芸能人・お笑い芸人などには全く興味がなかった(今もない)のでその手の話にはかなり弱かったです。

 

 

悠

家でお笑い番組を見たことが一回も無いですしね

 

そしてほぼ全員が共有している常識を知らないと、お決まりの言葉が高確率で飛んできます。

えぇ!?そんなことも知らないの?笑

そんなの常識じゃん!!

 

これらの言葉は飽きるほど聞かされてきました。

常識が無いと知るや、反射的にバカにしてくる人の多いこと多いこと。

 

常識を知らないんだからバカにされるのが当然のことのように思う方もいらっしゃると思います。

 

 

しかし私は、相手の常識が無くても絶対にバカにはしません。

常識が無いくらいでその人の頭が悪い、世間知らずだとはみなせないからです。

 

今回はその理由について書いていきます。

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常識は機会の問題

まず、常識を知っているかどうかというのは機会の問題だというのを認識すべきです。

 

例えば前述したような義務教育で得る知識について。

これらの知識は義務教育において無償で提供されるものですが、無償で提供されるからといって皆がそれらを100%享受できるかと言えばそうではありません。

 

 

実際、不登校で学校に行けなかった人などにとって義務教育の知識は常識とはなりえません。

それなのに、それをみんな知っている常識であろうと断定し、全ての人に当てはめるのは酷です。

 

それ以外でも単純に授業に興味が持てなかった、先生が嫌いだったなど、常識の獲得がなされなかった状況というのはいくらでも思いつきます。

 

そういう人がいる中で、たかだか義務教育という”国が決めた常識”に外れたからと言って、まるでその人の頭が悪いかのように扱うのは明らかにおかしいと思います。

 

 

個人的に、常識という知識がない人をバカにするケースで1番多いと思うのが漢字が読めないことに対するものです。

 

 

例えば、YouTubeなどでノベルゲームの実況をされている方のコメント欄ではよくそのケースが見られます。

 

誰もが知っている(とされる)ような小学校で習う常用漢字の熟語を実況者が読めないと「頭悪すぎる」「流石にヤバイw」と馬鹿にする人はかなり多いです。

 

ですが私は漢字を読めないことで人を馬鹿にしようとは思えません。

繰り返しになりますが、常識の享受の段階でなんらかの理由があって機会を失ったであろう可能性が考えられ、それはその人の頭の良し悪しとは関係がないからです。

 

そしてこの機会の問題に加えて、私が常識のない人を馬鹿にしない(というかできない)理由は他にもあります。

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相手にとっての常識

 

世の中の多くの人にとって当然の知識とみなされていることは多くあります。

例えば芸能界・エンタメ私が思っているよりも多くの人にとって、人と共有できる話題となるらしいです。

 

確かに世の中の大多数の人は部屋にテレビを置いているので、眺めているだけで芸能人がでてくるテレビの存在を考えれば話題にしやすいというのも頷けます。

 

 

一方、それらに全く興味がない人がいるというのも理解はしていただけると思います。

 

当たり前のことですが、それらに興味のない人というのは興味が別の方向に向いているということです。

つまり芸能人のことを知るために多くの人が使っている時間・労力を別の分野のことを知るために使っている可能性が高いということです。

 

 

私は部屋にテレビを置いていませんし、友人もほぼ全員部屋にテレビを置いていません。

テレビは時間の無駄になりやすいですし、情報を得るにもネットで事足りるからです。

悠

情報の信憑性に関しても、デマに惑わされなければテレビの偏向報道よりネットの情報の方が信用できると思ってしまいます…

 

テレビを部屋に置いていないというのはバラエティ番組を一切見ないということであり、必然的に芸能界にはとてつもなく疎くなります。

 

 

ただ私の友人たちは芸能界には疎いですが、その分(?)ある分野で異常なほどの知識があります。

最新の知識を取り入れ、それを踏まえて新しいことにチャレンジしたりしている姿は尊敬に値します。

 

 

結局言いたいのは、あなたにとっての常識が相手になかったとしても、相手にとっての常識は眼を見張るものである可能性があるということです。

 

 

多くの人が共有している一分野の常識が無いからと言って、その人全体の要素を馬鹿にするような発言は危険です。

もしかしたら相手は、あなたが想像もつかないような専門的な知識を持っているかもしれないのです。

 

 

その専門的な知識は相手からしたら”常識”なのです。

あなたの「なんでそんなことも知らないの?」という言葉はそのままあなたにも当てはまってしまいう可能性があります。

 

 

皆そのような可能性を持っているのですから、ある知識がないくらいで私は人を馬鹿にできません。

自分とは全く違う世界が見えているでしょうし、自分より先進的な考えも多く持っているでしょうからね。

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常識とは

完全に普遍的な常識なんてものは存在しないのです。

属しているコミュニティによって常識は大きく違います。

 

世の中の多くの人が属しているコミュニティで共有されている知識(=常識)を振りかざして、そのコミュニティに属していない人を馬鹿にするのは控えるべきなのです。

 

 

「あなたはAについてはよく知らないみたいだけど、Bについては詳しい。Aを話すから、Bについても教えてほしい」

という流れが連鎖していけば、スムーズにそして多くの人に知識の共有がなされます。

 

 

単純に「Aも知らないのかよ笑 馬鹿だなぁ」で終わってしまっては両者にとって勿体無いですし、なによりその言葉を言われた方は気分を害します笑

 

多様性というのはこういった心がけから生まれるのではないかと私は思うのです。

 

 

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