大学生が勉強せずに遊ぶのは当たり前

大学論

大学生の学力低下がたまに話題になりますね。

受験は頑張るけれども入学した後、遊んでばかりで勉強しなくなると。



これ、大学生だけが悪い(というか最近の若者は〜的なお決まりのノリ?)みたいになりがちですけど、今大学がどういう機関になっているかを考えれば本質は違うことが分かります。

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大学には何のために行く?

大学になぜ進学しますか?



これに関してはほとんどの人が学歴獲得のため、もっと正確に言えば就職に有利になるからと答える(考えている)と思います。



大卒以上が募集条件となる企業がほとんどでしょうし入社後の給料も変わってきます。

一般的な企業において大学で学んだことなんてはっきり言って9割型役に立ちません。



哲学、歴史、数学、物理などなど殆どの企業はそんな知識求めてません。

多分簿記の資格とか持っていたほうが評価されます。



将来生きるためにお金を稼いでいく上で企業から全く必要とされていない知識を勉強しようと思わないのはある意味自然とも言えます。



多くの人は「本当は勉強なんてしたくない、だけど将来のために大卒という”資格”をとらなければならない。」という思いのもと、大学に進学していきます。


講義に出ていて大学の勉強をそんなに頑張らなくても卒業資格を得られるならそりゃ勉強しませんよ。出席点が重視されていたりすればそれこそサボり放題です。

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大学そのものの方向性が変わっている

大学といえば教育機関、研究機関というイメージを私は持っていますが、今の大学は”就職セミナー”や”ESシートの書き方”、”自己PR”など就職支援をする所が多いです。



さらにゼミでも”〇〇ゼミに入ると就職に有利”だとか”文系なら社会学が比較的就職がいい(これに関しては企業が何を考えているのか本当に分からない。社会という単語だけで判断してるのか)”だとか就職を前提とした学問選びの風潮があります。




これはすごいことですよね。
もはやほとんどの学生にとって大学は学問をやる場所ではないのです。


大学は完全に”就職予備校”としての要素が大きくなってきています。



国の政策自体もそういう路線にシフトしています。

研究投資では実社会で役に立つ、すぐに利益がすぐにでるような研究に金をかけます。

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一見いいようにも見えますが、これは基礎研究の軽視を意味します。


応用研究ばかり重視して、その応用が効かなくなったときはどうするのでしょうか。
言うまでもなく応用は基礎あってこそです。




一見役に立たないと思えた研究が後で役に立ったなんて歴史の中で山程あります。
この研究がこの分野でしか役に立たないなんて分かりません。

(例えば今はやりの?ディープラーニングなんて人間の脳を模倣しているんですよ。脳科学がテクノロジーに寄与しているのです。)




“すぐ役に立つものはすぐ役に立たなくなる”という言葉をしばしば耳にしますが、社会の流れが早い現代こそこの言葉は言い得て妙だと思います。



汎用性に富む基礎研究の軽視は危険です。

まあそんなことをいちいち考える大学生は多くはありません。




政府はトップダウン型で企業で役立つ能力重視の政策を進めます。



上から言われれば大学もしぶしぶ従いますし、そうなれば学生全体に、というより社会全体にそういう風潮が形成されます。

無垢な探究心から知を求める場としての大学は存在感を薄めていくのです。

就活という悪魔

これがかなり大きい要素だと思います。

就活それ自体というより就活の時期に問題があります。



文系で早い人ではなんと3年生の夏からインターンが始まったりします。


これでは大学の勉強にのめり込めるほどの余地はありませんね。入学して2年経てば就活を意識し始めるのです。



この間まで必死に受験勉強して大学に合格できたと思えば、
数年経つと今度は真っ黒いスーツに身を包み自分を必死にアピールする就活の始まりです。



就活までの2年の猶予、これを企業で評価されない学問の勉強にあてる人は少なそうです。

課題

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ではどうすればいいのか。

企業が就活の時期を遅らせればいい!と言えばそうなのですが、そもそもの話として大学卒業→即就職という流れが当然、という認識が社会にあるのが問題だと思います。



大学の過程が終わっても就職せずに好きなことをする期間があってもいいと思いますが、企業からしたらその履歴書状の空白期間が気にくわないのでしょう。


別に犯罪をしてる期間とかではないのだから許容してあげなさいよと個人的に思うのですが…




進路変更、転職などで履歴者に傷がつくことを恐れて本当に自分がしたいことを見つける機会そのものを失っている人は多いと思います。




“社会の不寛容さ”

これはもう日本の歴史の中で形成された、暗黙のうちに人々に共有されている空気のようなもので、正直なところここ数年でこの空気を壊すのは無理だと思っています。


世代交代するまで待つくらいしか思いつきません。今の10代20代が上層部になれば変わる可能性はあります。




しかし安心はできません。ここで怖いのが上司から部下への空気の伝播、慣習の継承です。

これが起きてしまうと人事部も変わりません。履歴書の穴は変わらず罪となります。



あと数十年で企業の人事採用に関する考え方はどう変わっているのか。

それともずっと変わらないのか…

大学と企業にまたがる、重要な課題なのであります。

 

<関連書籍紹介>
就活をテーマとした直木賞受賞作。映画化もされた作品です。ラストの展開には驚かされました。面白かったので是非。

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